現代アメリカ美術を代表する画家 Henry Taylor の人物像・作品・評価と最新展覧会
ロサンゼルスを拠点に、人々の日常と歴史を独自の筆致で描く Henry Taylor。
人物像・作品の魅力・美術史的評価・市場価値を俯瞰しつつ、2025年の Hauser& Wirth による James Jarvaise との二人展にも触れる記事です。

Henry Taylor James Jarvaise, “Sometimes the ‘straight’ line has to be crooked” Santa Barbara, CA 2015 – 2025 Acrylic on canvas 182.9 × 152.4 × 3.2 cm
人物像と出発点
Henry Taylor|ヘンリー・テイラー(1958年・California州Ventura生まれ)は、8人きょうだいの末っ子として育ち、労働者階級の家庭環境のなかで観察眼を磨きました。若い頃はすぐに美術の道へ進まず、Camarillo State Hospital の精神科で十数年勤務。夜勤の合間に患者や同僚を描き続けた経験が、のちの人物表現の土台になります。
転機は Oxnard College で出会った恩師 James Jarvaise。彼の勧めで California Institute of the Arts(CalArts)に進学し、日中は病院勤務、夜は制作という生活を継続。師への定期的な持ち込みと批評を重ね、〈人間を理解し、敬意をもって描く〉という姿勢を身体化していきます。Taylor の原点には、師弟関係とコミュニティに根ざした実体験が確かに息づいています。
作品のモチーフ・技法・スタイル分析
Taylorの作品は主に人物画であり、家族や友人といった身近な人物から、路上で出会った見知らぬ人々、著名な芸術家・音楽家・スポーツ選手・政治家・活動家、歴史上の人物、さらには自身のセルフポートレイトに至るまで、多様な人間像が描かれます。
彼のキャンバスには、愛情や敬意をもって描かれたコミュニティの人々の日常生活の光景が広がっており、しばしば喜びやユーモアとともに、社会の残酷さや苦難も映し出されます。例えば、Taylorはホームレスの人々や高齢の隣人、あるいはドラッグ中毒の知人など、社会から周縁化された人々にしばしば着目し、彼らのありのままの姿をカンバスに留めます。それは決して美化された肖像ではなく、同時代の現実の一断面として観者に提示されるものです。Taylor自身、「自分は単なる肖像画家ではなく、人々との出会いをきっかけに“狩り集める(hunt and gather)”ようにモチーフを探すのだ」と語っており、モデルとの偶然の対話や直感的な共感から生まれるポートレイトは、単なる個人の肖像を超えてその人物の属する社会や歴史までも暗示する物語性を帯びています。この意味で彼の絵画は「理想化されたイメージではなく、人とその歴史を包括的に語る視覚的伝記である」と評されているのです。重要なのは、社会性と共感の同居です。警察暴力や構造的差別といった現実をテーマに据えつつ、描かれる人々は決して記号化されません。Taylor がしばしば語る「キャンバスは二次元だが、彼らは三次元の生身だ」という信念が、画中人物への尊厳を担保し、感情のグラデーションを可視化します。
技法的には、Taylorの絵画は奔放かつ表現力豊かな筆致が特徴的です。しばしばアクリル絵具を用い、一気呵成にキャンバスへ描き上げる即興的な制作アプローチをとっており、その速さと直観を重視する態度は作品に独特の新鮮さを与えています。大胆な平面的色彩のブロックと緩やかな筆触が生む粗い質感とが併置される一方で、要所には細部描写や緻密な表現も織り交ぜられ、画面に独特のリズムが生まれています。
たとえば彼の絵画には、広い面積を占める純色の背景や床・壁面といった平面的要素の中に、人物の顔や手元だけ細密に描き込まれるといった構成がしばしば見られ、抽象性と具象性が同じ画面で緊張感をもって共存しています。このような「具象と抽象のあいだに揺れる」作風によって、テイラーの描く人物像は静止したポートレイトでありながら強い生命感や臨場感を携えているようです。美術批評家からは「Taylorは主に色彩や形、線で思考する空間的・音楽的な才能の持ち主であり、彼の作品では抽象的な要素がふと具象に転じたりその逆も起こる」点を指摘しています。
素材に関しても、Taylorの作品は伝統的なカンバス油彩に留まらない幅の広さを示しています。
支持体はキャンバスだけでなく、スーツケース、木箱、家具、シリアルの空き箱、漂白剤の容器、たばこのパッケージなど、身の回りにある様々な「拾われた物」にも及んでいます。彼はそれら廃品を組み合わせてトーテムのような立体作品を作ることもあり、2次元と3次元の境界を越えた表現にも取り組んできました。例えば漂白剤のボトルを上下逆にして箒の柄に挿し、即興的にアフリカの部族的な仮面を思わせる彫刻に仕立てるといった具合です。これら絵画とオブジェを横断する実験的手法により、Taylorの作品世界は単なる肖像画の枠組みを超え、風俗画、風景画、歴史画的要素までも包含した独自の地平を切り拓いています。実際、彼の約40年に及ぶキャリアは「具象画、風景画、歴史画という絵画の柱を統合し、それぞれの伝統的範疇を乗り越えている」と評価されています。

Henry Taylor Portrait of my nephew “Sean Dominick Kendrick”, never drift away 2024 Acrylic on canvas 182.9 x 152.4 x 4.4 cm
現代社会における作品の意義
Taylorの作品が持つ現代社会における意義は、特に2010年代以降の人種正義運動やブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter, BLM)運動の文脈で一層鮮明になっています。Taylorは自身のコミュニティや経験を通じ、黒人たちの日常とそこに横たわる社会問題を絵画に取り込んできました。Taylorのキャンバスには貧困や刑務所、警察との致命的な遭遇など、アフリカ系アメリカ人が直面する不条理な現実がたびたび題材として表れます。例えば、《THE TIMES THAY AINT A CHANGING, FAST ENOUGH!》(2017年)という作品は、2016年にミネソタ州で起きたフィランド・カスティールの射殺事件を描いた作品です。

《THE TIMES THAY AINT A CHANGING, FAST ENOUGH!》Whitney Museum所蔵
この絵は、恋人が撮影したスマートフォン映像の視点から車内の場面を描き出し、白人警官の腕と銃口に対峙する黒人男性(撃たれたカスティール)の姿を映し出しています。6×8フィート(約182×244cm)という大型キャンバスに大胆な色面と緊張感ある筆致で表現された本作は、制作者のTaylorが語るところによれば「現代のゲルニカ」とも言うべき暴力と混乱への告発であり、人種的不正に対する痛烈な視覚的抗議となっています。Taylor自身、「毎日のようにどこかで爆弾(惨事)が落とされています。それを見るままに描いているんです」と語っており、自らの絵画行為が同時代の現実への応答であることを強調しています。
このような作品は、2010年代後半から活発化したBLM運動に重なる問題意識を内包しており、美術の枠を超えて広く社会に訴えかける力を持ちます。2020年以降、警察暴力や人種差別への抗議運動が世界的に注目される中で、Taylorの作品は単なるアートとしてではなく「記憶の継承」や「癒やし・追悼の場」として機能し始めたとも言えます。実際、2022~2023年に開催された大規模回顧展「Henry Taylor: B Side」では、Taylorが過去に描いた《Homage to a Brother (Sean)》(射殺された黒人青年ショーン・ベルへのオマージュ, 2007年)や《The Times Thay Ain’t a Changing Fast Enough!》(フィランド・カスティールの事件, 2017年)といった作品群が再展示されるとともに、新たにブラックパンサー党の旗や警官による犠牲者たち(マイケル・ブラウン、ブレオナ・テイラー他)の写真バッジを貼り付けた黒革ジャケットを着せたマネキン群からなるインスタレーション作品が発表されました。このインスタレーションでは「戦争と人種差別を終わらせよ!! 黒人解放を支持せよ!!」と書かれたバナーが掲げられ、Taylorの実兄で元ブラックパンサー党員だったランディへのオマージュとして制作されたとされています。ここには1960年代の黒人解放運動からBLM時代に至るまで連綿と続く闘争の歴史への眼差しが感じられます。Taylorは兄から政治的意識を学んだと述懐し、「兄が読んだものは何でも読みました。兄のようになりたかったからです」と語っています。こうした作品を通じ、Taylorは単に過去を振り返るのではなく、「現在進行形の不正義」に向き合う芸術の役割を提示しています。
美術史的評価と展覧会
黒人肖像画の系譜において、Taylor は Barkley L. Hendricks や Kerry James Marshall の流れを継ぎつつ、より生活に近い地平で〈日常の人びと〉の物語を描き出してきました。
Whitney Biennial(2017)、La Biennale di Venezia(2019)といった国際舞台への参加、そして MOCA Los Angeles〜Whitney Museum を巡回した大規模回顧展 Henry Taylor: B Side(2022–24)は、その位置づけを決定づける節目となっています。作品は MoMA、LACMA、Whitney をはじめ主要館に幅広く収蔵され、評価が安定して積み上がっている点も重要です。
アートマーケットでの注目度
Taylor は長年ロサンゼルスのBlum & Poeギャラリーと協働してきましたが、2020年にはメガギャラリーのHauser & Wirthにも加わりました。これにより世界的な販路が広がり、作品への需要も一層高まっています。
Hauser & Wirthを通じて2021年にイギリスでの個展、2023年には同ギャラリーのパリ新拠点のこけら落とし展として個展を開催するなど、ヨーロッパでも精力的に作品を発表しています。こうしたギャラリー契約の変遷と美術館での露出拡大により、テイラーは遅れてきた才能ながら国内外で大きな成功を収めるに至っているのです。
新作絵画は、プライマリーマーケット(ギャラリーやアートフェア)において概ね10万〜30万ドル(約1,350万〜4,050万円)の価格帯で販売されています。近年の主要アートフェアで公表された価格によれば、過去の重要作品では最大85万ドル(約1億1,500万円)に達する例もあります。
近年のフェアでも堅調に作品が動き、オークション市場では大型絵画がミリオンダラーを超えるレンジで安定しており、記録更新も相次いでいます。サイズ・モチーフ・制作年・展覧会履歴の揃った作品は強く、紙作品や小品でもモチーフと来歴次第で大きな需要が見込まれている状況です。社会性と普遍的な人間味を兼ね備えた“読み解ける絵”であることが、長期的な保有価値を支えるポイントかも知れません。
James Jarvaise との二人展(Hauser & Wirth, 2025)
タイトルは Sometimes a straight line has to be crooked(直線は時に曲がらなければならない)— 若き日の Taylor が Jarvaise から贈られた教えの言葉です。1950年代から現在まで約70年の時間を跨いで、師の抽象と弟子の具象が呼応しているようです。

展示風景
Taylor は甥のポートレートや自画像、コミュニティを主題にした新作群に加え、人工のアフロヘアを配した樹木の彫刻“ For-Us Forest ”など、立体・インスタレーションにも表現を広げています。

展示風景
空間はテーマごとに緩やかに編成され、構図と色面の響き合いが浮かび上がる構成。〈人を描くこと〉の倫理と喜びが、世代を超えて連なって見える好企画でした。
まとめ
Taylorは「人を描くこと」で時代を描いてきました。
ラフな筆致とフラットな色面は、肖像を記号化せず、個の物語に敬意を払っています。Black Lives Matter以後、作品は追悼と記憶の装置としても機能し、美術史の黒人肖像画の系譜を内側から拡張しました。制度的評価(主要館での回顧展・収蔵)と市場での支持(大型ペインティングを中心とした安定的な人気)が並走している点も、コレクターにとっては心強い材料です。
Hauser & Wirthでの師弟二人展 “Sometimes a straight line has to be crooked” は、その歩みを象徴していました。
抽象と具象をまたぐ視線、平面と立体の往復、そして「直線をあえて曲げる」自由——Taylorの強みは、変化を恐れないことにあります。作品は生活に根ざしながら、アートコレクションとしての普遍性を備えています。



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