Wilhelm Sasnal|ヴィルヘルム・サスナル
Profile
ヴィルヘルム・サスナル(Wilhelm Sasnal)は、1972年12月29日、ポーランド・タルノフ生まれ。現在は同国のクラクフを拠点として、画家、写真家、ポスターアーティスト、イラストレーター、映像作家など幅広く活動している国際的な現代美術家です。

Wilhelm Sasnal, photo: Stefan Maszewski / Reporter / East News
サスナルは1992~1994年にクラクフ工科大学で建築を学んだ後、1994~1999年にクラクフ美術アカデミーで絵画を専攻し卒業しました。在学中の1996年には「Grupa Ładnie」というアーティスト集団を共同設立し、目に見える日常やマスメディアなどに現れるイメージをモチーフに、反芸術的でありながらアイロニカルな作品を制作、“同時代の年代記”とも評されました。
2000年代初頭には画家として国際的な認知を獲得、特に2006年には欧州現代美術の登竜門ともいわれる「ヴィンセント賞(Vincent Award)」を受賞し、映像作品を発表したことでも話題を呼びました。その後、ロンドンのホワイトチャペル・ギャラリー、チューリッヒ芸術館等で回顧展や個展が開催され、MoMA、やグッゲンハイム、テート・モダンなど世界主要美術館にも作品が収蔵されるに至っています。
Wilhelm Sasnal|ヴィルヘルム・サスナル《Concorde is Dead》
今回ご紹介するアート作品は、ヴィルヘルム・サスナルの《Concorde is Dead》という写真作品です。

Wilhelm Sasnal 《Concorde is Dead (for Parkett no. 70)》 2004
作品スペック
Artist:Wilhelm Sasnal|ヴィルヘルム・サスナル
Title:Concorde is Dead(for Parkett no.70)
Year:2004年
Edition:60
出版:Parkett Publishers(Zürich/New York)
Medium:Color contact print from engraved negative on Kodak paper
Size:32.1 x 47.9 cm
所蔵:ニューヨーク近代美術館(MoMA)
出典:MoMA作品ページ
作品の形式
ネガに刻んだメッセージと写真という選択
サスナルの写真作品《Concorde is Dead》は、ネガに刻んだ「Concorde is Dead(コンコルドは死んだ)」という文字が浮かび上がる印象的なイメージです。ペインターとして知られるヴィルヘルム・サスナルは、普段は油彩画を主戦場としながらも、映像や写真など多様なメディアを横断して作品を制作しています。彼自身「リアリスト」を自称し、作品の出発点は常に自分の実体験や身の回りの出来事、マスメディアから得た映像や画像にあると語っています。つまり、サスナルにとって重要なのは「実在するもの」に根差すことであり、描くべきイメージが絵画より写真にふさわしいと感じれば、ためらわず写真という手段を選ぶのです。
同時代を刻む“リアリスト”としての視点
本作では文字を描き出すという行為自体が作品の核心となっており、その場の光景をカメラで「記録する」写真というメディアが不可欠であったといえましょう。写真は現実から生じるイメージを直接的・即時的に捉えることのできる媒体であり、サスナルはその特性を活かして自身の関心対象をクロニクル(年代記)的に作品化しています。実際、彼は日常的で些細なモチーフを作品に取り入れ「同時代の年代記」を描く画家と評されていました。本作《Concorde is Dead》もその延長線上にあり、写真というリアルな手段で同時代の象徴的瞬間を捉えたものと位置付けられるでしょう。
カラー・コンタクトプリントと独自技法の融合
本作は「Parkett no.70」のために制作された「カラー・コンタクトプリント」です。すなわち、作家が写真ネガの表層を直接“刻む”ことで「Concorde is Dead」というテキストを生じさせ、そのネガをカラーペーパー(Kodak)にコンタクトプリントしたもの。素材としてはカラー出力でありつつ、視覚的には抑制されたトーンが選ばれています。文字は屋外の地面に刻まれたのではなく、写真ネガの表面に刻まれたものがプリントで可視化されています。サスナルは「現実の光景」と「写真という物質」のあいだを往還しつつ、テキストとイメージの緊張関係を成立させています。

Various Artists with Christian Marclay, Wilhelm Sasnal, Gillian Wearing, Franz West Parkett no. 70 2004
サスナルは、絵画では油彩、映画ではフィルムカメラといった具合に、伝統的で本格的な媒体をあえて用いる姿勢を貫いており、写真作品である本作でも古典的プロセスを踏襲することで、イメージに確かな物質性と説得力を持たせている。また、本作ではネガフィルムに直接傷を付けてテキストを写し出すというユニークな手法(「エングレーヴド・ネガ」)が用いられており、画家でもある作者ならではの“手仕事”の痕跡を写真に焼き付けている点も見逃せない。こうした技法的工夫により、写真でありながらどこか手描き的な質感や作者の身体性が感じられる作品となっている。
モチーフ(主題)の意味
技術的栄光と挫折の象徴としてのコンコルド
サスナルがこの作品の主題に据えた「コンコルド」(超音速旅客機)は、単なる飛行機ではなく、20世紀後半の技術的野心と栄光、そして挫折を体現する歴史的アイコンである。コンコルドは1976年に商業運航を開始し、人類の高速移動の夢を象徴する存在となった。しかし、その夢は2000年の墜落事故と21世紀初頭の運航停止によって潰え、人類史における一つのピリオドを印象づけた。サスナルはそうしたコンコルドの辿った劇的な運命に着目し、この題材を通じて「進歩」の終焉という普遍的テーマを提示しているのである。
実際、彼の作品世界にはしばしば近代的ユートピアの挫折や夢の残骸といった主題が横断しており、2005年の《Mościce》シリーズ(故郷タルヌフの化学工業の発展と停滞を白黒写真で描いた絵画群)や、同年の《Chicago》シリーズでも、近代の理想の終焉が暗示されている。コンコルドの「死」も、その延長線上に位置づけられるモチーフと言えよう。
フレーズが持つ皮肉と詩情
「Concorde is Dead(コンコルドは死んだ)」という直接的なフレーズには、歴史上の出来事に対する作者の皮肉と叙情が込められている。この言葉遣いは新聞の見出しや死亡記事のようなストレートさを持ちつつ、同時にどこか寓話的で詩的な響きを帯びている。
実際にサスナルは、過去のプロパガンダ映像やポップカルチャーのイメージもしばしば引用しながら、人々と歴史・消費文化との関係性を問い直す作品を数多く描いてきた。共産圏崩壊後のポーランドで青春期を過ごした彼は、東欧社会が直面した政治的・経済的激動を身を以て経験した世代であり、その作品には過去と現在の不確かな関係に対する鋭い眼差しが投影されている。
両義性を映す雪原の墓標
そうした作家性を背景に、コンコルドの栄光と破滅という題材も、単なるノスタルジーではなく20世紀のモダニティ(現代性)の光と影を象徴するものとして取り上げられたと考えられる。コンコルドの高速飛行は人類の技術進歩の頂点を示す一方で、その終焉は「夢の終わり」「進歩の限界」を示唆する事件でもあった。サスナルはそのアンビバレントな意味合いに着目し、雪原に刻まれた墓標のようなイメージによって、テクノロジーの死と時代の転換点を静かに物語っている。
批評家のグレゴール・ヤンセンが指摘するように、サスナルの作品には「解決されない両義性(アンビバレンス)」が一貫して漂っており、一見して容易に判読できるイメージでありながら決して一筋縄ではいかない含意を湛えている。コンコルドという華々しくも悲劇的な対象の選択には、まさにそうした両義性――進歩と破滅、記録と寓意――を凝縮する意図があったと言えるだろう。
モノクロ表現の意図
モノクロ調のカラー・コンタクトプリントが生む効果
本作は技法上はカラーのコンタクトプリントですが、画面は限りなく無彩色に近いトーンで構成され、報道写真的な記録性や冷ややかな叙情を強調します。
その効果は、作品テーマと密接に結びついています。まず注目すべきは、白黒写真が持つドキュメンタリー性の強調。カラー情報を排したモノクローム映像は、報道写真や記録写真を想起させ、「これは一つの出来事の証言である」という感覚を鑑賞者に呼び起こす。事実、20世紀の多くの歴史的場面は白黒写真で記録・流通しており、本作もまた架空の報道写真の趣きを帯びています。
サスナルは他の作品でも、あえて白黒を用いて歴史の記憶や事件の重みを表現してきました。例えば、ホロコーストを題材にしたアート・スピーゲルマンのグラフィックノベル『マウス』に着想を得たシリーズでは、stark black-and-white paintings(荒々しい黒白の絵画)として仕上げ、物語の重厚な意味を増幅させています。また《Shoah (Forest)》(2003年)では、モノクロに近いくすんだ色調と幅広い筆致で森を描き、その中にごく小さく人影を配しました。タイトルが「ショア(ホロコーストのヘブライ語名)」であることから、鑑賞者は瞬時に大量虐殺を連想するが、画面上の情報は極端に限定されています。このようにサスナルは、色彩を排したイメージで過去の惨劇を喚起しつつ、その解釈に警鐘を鳴らす手法をとっているのです。
郷愁と死の影
モノクロ表現は、ノスタルジックな情感や死の影を纏わせる効果もあります。色彩のない写真は、過去の記憶や古い記録映像を想起させ、コンコルドという題材にふさわしい郷愁のムードを醸し出しています。コンコルドが活躍した1970年代〜90年代は既に過去となり、その映像記録もフィルム写真やアナログ映像に残されています。
サスナルは作品を白黒化することで、「過去の出来事を追悼する碑文」のような雰囲気を作り出し、鑑賞者に郷愁や喪失感を呼び起こしています。「Concorde is Dead」というフレーズ自体が追悼碑文を思わせ、ネガに刻まれて浮かび上がったその文字はモノトーンによっていっそう冷たい静けさを帯びています。色のない世界は生命の気配を欠き、コンコルドという名の巨鳥がもはや天空を飛んでいないことを暗示します。
この静謐なイメージからは、かつての未来(フューチャー)が終わった後の真っ白な空白だけが残されたようにも感じられます。モノクロ表現は、その「終末感」を視覚化する装置として機能しており、サスナルは絵画で培った高度なイメージ操作によって、写真というメディアにおいても色彩の有無を巧みに意味付けています。
MoMA収蔵の意義
MoMA収蔵が示す国際的評価
美術史・コンテンポラリーアート文脈と作家性 《Concorde is Dead》はニューヨーク近代美術館(MoMA)に収蔵されているが、それは現代美術の文脈に おける本作およびサスナルの位置づけを示す重要な手がかりとなる。MoMAは20世紀以降の写真・絵画・版画など幅広い作品を体系的に収集しており、サスナルのように絵画と写真の境界を横断する作家の作品も例 外ではない。とりわけ本作は、世界的アート誌『パルケット(Parkett)』の第70号(2004年)にて限定版作品(エディション)として出版された経緯があり 、国際的な現代美術シーンで高い評価を得た作品で ある。MoMA版画・挿画部門がこの作品を購入したことは、サスナルが単なる一介のポーランド人画家に留 まらず、グローバルな現代アート作家として認知されていることの証左と言えよう。実際サスナルの作品は、 MoMAのほかグッゲンハイム美術館やウォーカー・アート・センター、カーネギー美術館、ワルシャワ近代美術館など世界各地の主要美術館に収蔵されている 。これは彼の作品が持つ普遍的な訴求力と、美術史的な 意義が広く認められていることを示している。
同時代美術史における位置づけ
美術史的観点から見ると、サスナルは2000年代初頭の「ニュー・ペインティング(新表現主義)」の潮流の中で台頭した一人でありながら、伝統的な絵画の枠にとらわれない実験的精神で異彩を放ってきた作家である 。彼の作品は、身近な図像を引用しつつ個人的な視点で再構成する点でポップアート以降の系譜に連なり、同時に歴史の陰影やイメージの暴力性を描き出す点でゲルハルト・リヒターやルシアン・フロイドといった先達とも比較されてきました 。
MoMAが《Concorde is Dead》を収蔵した意義は、こうした同時代のイメージ論的実践をコレクションに組み込むことで、美術館の所蔵作品群に新たな文脈を付与した点にあります。すなわち、この作品は写真でありながら絵画的な観念性を持ち、モダニズムの象徴(超音速機)をテーマにしながらポストモダン的な諷刺と追憶を湛えているのです。そのハイブリッドな性質こそが、21世紀美術の複雑さを物語っており、MoMAはそれを見逃さず取得しました。サスナル自身、コミックや映画から油彩まで多彩なメディアを駆使しつつ、一貫してイメージそのものへの探究を続けている。MoMA館長グレン・ラウリーも「現代アートにおいてメディウムの壁は崩れつつあり、当館はそうした作品を積極的に収集する」と述べています。《Concorde is Dead》の収蔵は、まさにそうしたMoMAの方針とサスナル作品の方向性が合致した結果だと言えましょう。美術評論家レイチェル・クックはサスナルの回顧展評に おいて「彼の作品はどれも fascinating and bleak(魅惑的でありながら陰鬱)で、20世紀の歴史の重みが壁という壁にのしかかっている」と評しました。MoMAに収められた本作からも、そうした歴史の重みとイメー ジの力とが見る者に迫ってくるでしょう。
他作品との比較
絵画・映像に見る共通モチーフ
《Concorde is Dead》に見られるモチーフや視点は、サスナルの他の作品群とも響き合っています。まず挙げられるのは巨大な乗り物や機械への関心です。サスナルは過去にも《Untitled (Aeroplane)》や《Airplanes》という作品を制作しており、戦闘機や旅客機の編隊を簡略化して描くことで、機械的なフォルムの美しさと不気味さを同時に表現しています。

Wilhelm Sasnal《Untitled (Aeroplane)》48.9 x 59.4cm 2001年

Wilhelm Sasnal《Untitled (Aeroplane)》150 x 300cm 2001年
また、大規模事故や惨事を扱うテーマも頻出しています。2001年の短編映像作品《Samochody i ludzie(車と人、《Cars and People》)》では、玩具のミニチュア兵士や自動車を使って衝突事故を擬似再現し、その様子を8ミリカメラで撮影するという実験を行っています。この作品は、報道を通じて消費される事故映像のメディア性そのものを暴くものであり、フィクションでありながらリアリティを醸し出し、《Concorde is Dead》とも通底しています。
サスナルは、現実に起きた悲劇を一旦手元でモデル化し、それを映像化することで、メディアを通じて共有されるイメージに批評的視点を与えています。コンコルド墜落を直接描くのではなく、雪原に文字を刻むという間接的表現を選んだ《Concorde is Dead》にも、同様のメディアイメージへの自覚的姿勢が反映されています。
歴史の記憶とテクストの戦略
サスナルの作品には、歴史の記憶やトラウマへの執着も見逃せません。
例えば、絵画《Shoah (Forest)》(2003年)は、黒灰色の森に小さな人影を配し、ユダヤ人虐殺の記憶と絵画表現の限界を同時に提示しています。

Wilhelm Sasnal《Shoah (Forest)》45x45cm, 2003年
また、ナチス・ドイツが占領下のポーランド首都ワルシャワに設けたユダヤ人隔離区ワルシャワ・ゲットー(Warsaw Ghetto)を想起させる壁画もサスナルの作品として有名です。

無題/Mural Wilhelma Sasnala POLIN常設展示
これらのアプローチは、《Concorde is Dead》における「文字」の強調と共通点を持ちます。固有名詞「Concorde」と「Dead」という直接的な単語だけで物語を想起させるこの作品は、不要なイメージを排し、テキストで語らせる戦略を共有しています。サスナルの表現は一見クールで即物的ですが、背景には個人的記憶と社会的歴史を横断する文脈が存在し、それらがイメージと言葉の間を行き交いながら作品を形成している点が特徴です。
映像作品《Concorde》との呼応
さらに、同じ「コンコルド」を題材にした8ミリ短編映画《Concorde》(2003年)もサスナルにとって重要な作品のひとつです。この映像は、ラストフライトの機内から窓外の光景をサイレントフィルム形式で収めたもので、上映中に映写機がフィルムを少しずつ物理的に傷つける仕掛けが施されていました。そのため上映を重ねるたびにフィルムが劣化し、最終的には再生不能になる構造となっています。

Wilhelm Sasnal《Concorde》Kodachrome 8mm film, 3:35 mins Edition 3
このコンセプチュアルな試みは、存在の儚さや過去の記録が時間の経過とともに風化する様を体現したもので、《Concorde is Dead》のテーマと深く呼応しています。写真作品が「死」の瞬間を静止させるのに対し、映像作品は時間とともに消滅するメディアの政治性まで提示するという対照的構造が見られます。どちらも20世紀の夢であるコンコルドを通じて、その終焉に詩情と批評性を吹き込んでいる点で一致しています。
作品スペック
Artist:Wilhelm Sasnal|ヴィルヘルム・サスナル
Title:Concorde is Dead(for Parkett no.70)
Year:2004年
Edition:60
出版:Parkett Publishers(Zürich/New York)
Medium:Color contact print from engraved negative on Kodak paper
Size:32.1 x 47.9 cm
所蔵:ニューヨーク近代美術館(MoMA)
出典:MoMA作品ページ
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