AWASE gallery(新宿)で、韓国の作家 ゴヨン(Goyoung)の個展「A Hidden Realm」が開かれています。会期は9月20日(日)まで。2000年ソウル生まれ、梨花女子大学校の大学院に在学中の作家にとって、これが初めての個展です。

制作スタイル
ゴヨンの制作スタイルは、イメージの断片を集めるところから始まります。土の表面、植物、水のうねり、建物の壁、食べもの、衣服の皺。日々のなかで目に留まったものを写し取り、ストックしていきます。集めた断片は、本来あった場所や役割から切り離され、画面の上に描き落とされます。隣り合うはずのなかったものどうしが出会い、現実には存在しない生態系が組み上がっていきます。
イメージのひとつは自然で、土、植物、地形、生きもの。もうひとつは人間によって作られた、建築、食べもの、衣服など。本展はこの二つを部屋の両側に振り分け、「Substratum」と「The Unfinished Habitat」を向かい合わせに展示しています。
作家はこの手つきをパレイドリア(Pareidolia)と呼びます。Wikipediaによるとパレイドリアとは、目や耳で受け取った曖昧な情報(視覚刺激や聴覚刺激)の中に、自分がよく知っている意味のあるパターン(人の顔や動物など)を見いだしてしまう心理現象(錯覚)のことです。
Substratum

「Substratum」は、作家自身が本展の代表作と位置づける一点で、横幅は3.9メートル。展覧会のテーマである大地と海洋、そのすべてを照らす光を、ひとつの場面に凝縮した作品です。
画面は、大地に根ざす木の根のようでもあり、深い海の中のようでもあり、空と地が反転した空間のようでもあります。作家はこの曖昧さで、世界を区分する境界が消えた状態を描こうとしたと述べています。土と海、植物と動物、生命と無生物。分かたれているはずのものが、ひとつの世界を構成する物質として循環しているようです。
そのなかで、鳥に似た形象が画面のどこかを見つめています。特定の生命体ではなく、この見知らぬ世界を静かに眺める存在として置かれたものだといいます。
題名の Substratum は、表面の下に横たわる基層を意味します。作家はこの作品を「まだ名づけられていない世界の原型」と呼んでいます。
Returning Without Arrival

正方形の画面に、ザリガニや魚のように海を思わせる生命体と、翼をもつ形象が一緒にいます。崖のように見える表面は、同時に深い海の地形のようでもあり、水と土のイメージが浸透しあっています。
本来なら別々の場所に属する存在たちが、作品の中ではひとつに集まります。彼らはどこか同じ方向へ動いているようでいて、明確な目的地には到達せず、画面のなかをゆっくり巡り、漂っています。作家は、この微妙な方向性が、見えない中心があるかのような感覚をつくると書いています。
作品名「Returning Without Arrival」。帰ることは、必ずしも以前の場所へ戻ることを意味しません。絶えず移動し循環する過程そのものが、ひとつの帰還なのかもしれません。
Ripening

何かが内側からゆっくり満ち、熟しながら別の状態へ変わっていく瞬間を想像して始めた作品です。画面の形象は、植物や果実、昆虫や組織のような生命体の一部を思わせますが、ひとつの対象として規定されることはありません。
ripening(ライペニング)は、英語で「熟すこと」「成熟」「熟成」という意味の名詞です。それが指すのは、この変化の中間の状態です。まだ到達もせず、消え去りもしないまま、内側で変化が続いている時間のことです。
The Unfinished Habitat



人間の世界で見つけた非生物的な断片を組み合わせた、4点の連作です。人間の痕跡だけで構成されたはずのこの場面は、崩れていく建築物や廃墟、まだ生命が定着していない惑星のように、荒涼として不完全な姿で現れたと作家は述べています。
理想と現実のあいだで思い悩みながら、断片を組み替えて理想的な場面に近づこうとしたといいます。その果てに現れたのは、荒廃と生命力が奇妙に共存する風景でした。
4つの画面に繰り返し登場する球は、卵黄の丸い断片から着想を得ているそうです。文脈を離れた球は、卵にも玉にもなりうるし、人間や生命の痕跡としても読まれます。静止して見える風景のなかで、球だけが別の場所を探して移動しています。
大作「Substratum」との向かい合わせの配置について、作家はこう書いています。二つの作品は人間と自然という異なる世界から出発するが、結局はひとつの空間で絡み合って存在する。対立ではなく、同じ世界を構成し、影響を与えあう二つの風景だ、と。
Shelter

窓のある小部屋に、小さな作品が2点。そのうちの一点が「Shelter」です。散らばったものたちが絡み合ってひとつの小さな世界をなし、そのなかで何かを抱き、守ろうとする姿を想像して始められました。
画面の中心には、巣のように凝縮したかたちと、その上を包み込むように位置する形象があります。特定の生命体というより、自分の内側にある何かを保護し、いたわる存在のように見えるものです。
ここでの巣は、完全に安全な場所というより、周囲の断片をかき集めて不完全につくられた、一時的な安息の場所に近いものだといいます。何が保護し、何が保護されているのか。どこまでが生命で、どこからが環境なのか。その境界も明らかではありません。
自然の巣と、人間の住まい。作家はこれを、異なる存在たちが関係を結び、留まり、守るための小さな領域をつくっていく原初的な姿だと説明しています。
Holding Light

会場内には一点だけ、支持体の違う作品が展示されています。水牛の革に水彩で描かれた「Holding Light」です。革はパネルより大きく、はみ出した縁が波打ったまま壁に留められています。
作家は、動物の皮をひとつの膜として見ました。皮はかつて、生命体のもっとも外側で、光や空気、温度を直接受け入れていた表面です。その上に水彩で自然の断片が刻み込まれ、まだ風景として定着しない状態にとどまっています。
作家はこれを、光と物質、生命の断片が混ざり合いながらひとつの世界になっていくさまを写し取ろうとしたものだと述べています。

会期は9月20日(日)まで。休廊は月曜・火曜、入場は無料です。
なお、本記事の各作品についての記述は、会場で配布されている作家自身のテキスト(原文は韓国語)をもとに、art on 編集部がまとめたものです。
ゴヨン(Goyoung)
2000年、韓国ソウル生まれ。2025年に梨花女子大学校 造形芸術大学の美術学部を卒業し、現在は同大学院に在籍しています。
2025年、The 1st Haeseok Art Scholarship Competition(釜山)で大賞、Cheonman Art for Young の IN(人)Award を受賞。
主なグループ展に「Seeing, Again」(Tang Contemporary Art Seoul、2026年)、「AWASE Gallery 1st Anniversary」(AWASE gallery、東京、2026年)、「Tabula Rasa: Painting the Era」(ソウル芸術の殿堂 ハンガラム美術館、2025年)など。アートフェアは The Preview Seongsu(ソウル)、MYAF「Crossover」(東京)、Art Asia Delhi(ニューデリー)に出品しています。