フリーズ・ソウルとKiaf の会期に合わせて、ソウルに来ています。龍山にあるアモーレパシフィック本社ビルの地下1階で、ソル・ルウィット《Sol LeWitt: Open Structure》を見てきました。韓国で初めての、ソル・ルウィット大規模個展です。
本展は東京都現代美術館で開かれていた展覧会の巡回展です。

東京都現代美術館の「ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー」は、2025年12月25日から2026年4月2日まで開かれました。日本の公立美術館では初めての、本格的なルウィット展でした。ソウルの本展はその巡回で、ウォール・ドローイングは東京の6点から13点へ増えています(ソウルの総出品数は45点と発表されています)。

展示室1「システムと構造」
会場は2つのテーマで構成されています。壁のパネルにはこうあります。
EXHIBITION ROOM 1 ── SYSTEM AND STRUCTURE(システムと構造)
パネルの説明によれば、ルウィットにとってシステムとは、作品の形をあらかじめ決めてしまう規則ではありません。アイデアが作品になるための条件を設定する方法だとしています。

立方体を選んだのは、それが「比較的つまらない(relatively uninteresting)」から。立体のなかでいちばん感情に訴えてこないし、誰もが知っている形なので、見る人に「これは何だろう」と考えさせません。形そのものが主張しないぶん、それを並べる規則のほうが見えてくる。だから単位として使えるのです。
立方体をもうひとつの方向に使った連作もあります。《不完全な開かれた立方体》(1974年)です。立方体の辺は十二本。そこから一本、二本と取り除いていき、立体として成り立たなくなる手前まで続けます。回転させて同じになるものは一つと数える。この規則で数え上げると、ちょうど122通りありました。立方体は完成した形ではなく、規則を最後まで実行するための出発点に変わります。



壁に鉛筆で書かれた「指示書」
この展覧会の考え方を端的に表しているのがこちらの壁面です。

白い壁に、鉛筆で、手書きの英文が引かれています。
A BLUE CIRCLE 200cm IN DIAMETER WHOSE CENTER IS THE CENTER OF TH…
…E MIDPOINT OF THE LEFT SIDE OF THE WALL.
(直径200センチの青い円、その中心は壁の中心……/……壁の左辺の中点)
壁に書かれているのは、絵の説明ではなく、絵の描き方そのものです。直径200センチの青い円をどこに置くか、赤と黄の線をどこに引くか。それを文章が決めていて、そのとおりの絵が同じ壁に描かれています。
この時期のルウィットは、壁の角・辺・中心といった、その壁にしかない基準点を使って位置を指定していました。だから同じ指示でも、壁が変われば余白も見え方も変わります。

一般的に考えられるのは、絵に添えられた文章は完成した絵を説明するものです。しかしここでは逆で、文章が先にあり、絵はその結果です。キャプションにも、この指示文は作品に欠かせないものだと書かれていました。言葉がサイズを決め、形になり、誰かの手で描かれる。その順番が、作品の上に残っています。
ルウィットは1967年、『アートフォーラム』誌の論考「コンセプチュアル・アートについてのパラグラフ」では、「アイデアは芸術を生み出す機械となる」と書きました。その機械そのものが、文章として壁に現れています。
なお《#283》は東京展にも出ていました。ソウルの《ウォール・ドローイング #1164》も同じです。同じ指示書が、別の壁で、別の人の手によって描き直されていることになります。

展示室2「連続性」
EXHIBITION ROOM 2 ── SERIALITY(連続性)
もうひとつのテーマは「連作」です。パネルによれば、アイデアに形を与えるいちばん直接的な方法として、ルウィットが1960年代初頭にたどり着いた考え方だといいます。
一点だけなら、規則をひとつ示して終わります。連作にすると、その規則から出てくる形を全部出し切ることになる。線、方向、立方体、モジュール。決められた手順で組み合わせ、順番を入れ替え、広げていく。考えられる並べ方が、ひとつ残らず出尽くすまで。
部屋の中央にあるのが《連続プロジェクト #1(ABCD)》です。格子の上に、開いた立方体と閉じた立方体を配し、それぞれに三段階の高さを与えて、A から D までの組を順に片づけていく。パネルには、二種類の単純な単位から、どちらの単位も予測しない関係の場が生まれると書かれていました。

ルウィットが見ていたのは、ひとつの良い形にたどり着くことではありませんでした。形が出てくる順番。それらが組み合わさる筋道。そして最初の規則が、はじめから含んでいた変化の全て。122通りの立方体に、良し悪しがないのと同じです。どれかを選んだ時点で、規則ではなく好みが作品を決めてしまう。だからルウィットは、自分の好みも判断も脇に置きました。連作をつくる作家は「決められた前提から出てくる結果を、記録にしていく行為にすぎない」——彼自身がそう書いています。


色彩へ
展示は1960年代の白黒の構造物から始まり、後期の色彩の仕事まで展開していきます。

1980年代後半から続く「傾いた形(tilted forms)」の連作です。二つの立体は立方体に見えますが、格子の縦横からわざとずらしてあります。それだけで、動かないはずの図形に動きが出ます。
「ウォッシュ」は水で薄めた透明なインクのことです。それが面ごとに決められた順番で重ねられ、重なったところに別の色が生まれます。単純な幾何学が、色を重ねるだけでこれほど豊かな像になる——キャプションはそう結んでいました。

壁に並んだ、16の名前
青い壁に黄緑の曲線がうねる、大きな部屋があります。ルウィットが1990年代後半に展開した「ルーピー・ドゥーピー(Loopy Doopy)」の連作、《ウォール・ドローイング #882B》(1998年)です。
本作は作り方が面白いです。二本の鉛筆をテープで束ねて、紙の上をねじるように滑らせる。そうして生まれた並走する曲線を、壁の規模まで拡大してアクリル絵具で実現する——とキャプションにありました。

そしてこの作品のキャプションプレートに、この展覧会でいちばん印象に残った情報がありました。
作品名と素材の下に、「実行者(Drafts person)」という欄が設けられています。そこにはこう書かれていました。
First Installation: October 1998
Current Installation: August 2026
そして、16人の名前が並んでいます。
Michael Vedder/Ezoe Yuka/Chaeyoung Baek/Seungwon Eom/Jung Eunji/Oh Yu Jeong/KIM MIN KYUNG/Kim Yeonseo/Han Su Min/Jiyeon Jung/Kim HyoLyn/KIM Seoyeon/Kim Yujin/NA YOONSUN/TAE HAEYOUNG/Yang seo hyun
1998年10月に最初に展示された本作は、2026年8月に、16人の手でもう一度制作されました。作家は2007年に亡くなっています。それでも作品は新しく生まれ続けます。
名前を眺めていると、韓国語の名前が並ぶなかに「Ezoe Yuka」という日本語の名前がひとつ混じっていることに気づきます。
アモーレパシフィック美術館は、この施工チームを「APMA MAKERS」と呼んでいます。館の発表では「国内の大学・大学院で美術の実技を専攻する者で構成された23名の APMA MAKERS」。彼らがソル・ルウィット財団の関係者とともに指示書を解釈し、線と色の層を積み重ねて、13点のウォール・ドローイングをこの空間のために描き起こしました。
ルウィットのウォール・ドローイングには、作品証明書と指示書・図面が存在します。実体は現地で描かれ、会期が終われば塗りつぶされ、また別の場所で描き直されます。MOT も展覧会ページで「会期が終わると塗りつぶされ」る手法だと説明し、それが作者性や唯一性、物質的な永続性といった前提に再考を促すと書いていました。
会場の作家紹介パネルには、この仕組みを解説するテキスト文がありました。
彼のウォール・ドローイングは展示が終われば消されるが、楽譜が演奏者を通じて何度も演奏されるように、指示文をもとに、2007年の逝去以後も新たに実現され続けている。
楽譜と演奏者。キャプションに実行者の名前を掲出するのは、誰が演奏したのかを表しています。
100ドルの規則

もうひとつ、規則の話を。
《バッキンガム宮殿、ハイド・パーク・スピーカーズ・コーナー、トラファルガー広場、セント・ポール大聖堂、ウェストミンスター寺院に囲まれた領域を取り除いたロンドンの地図(R715)》(1977年)。市販のロンドン地図から、題名に挙げた5つの地点で囲まれる領域を切り取ってしまった作品です。
地理情報を提供するはずの中心が空白になることで、残された道路と境界線が「不在の輪郭」を描きます。
この作品は、切り取り・折り・裂きによる800点以上の「R ドローイング」、通称「100ドル・ドローイング」の一点だそうです。ルウィットはこれらの作品を100ドルを超えない価格で販売するよう求めました。制作の方法だけでなく、作品が流通する方法にまで規則を適用したことになります。
アーティスト・ブックの回廊

展示の後半は、細長い回廊がまるごとアーティスト・ブックに充てられています。ルウィットは生涯に多数の書籍を制作し、1976年にはルーシー・リパードらとニューヨークで Printed Matter を共同設立しています。
壁一面に並ぶ小さな判型の本と、ケースのなかで開かれた頁。展示室2のパネルには「壁、紙、建築は、システムが立ち現れる際の尺度・密度・リズムを変える」という一文がありました。壁に描くことと頁に印刷することは、彼にとって別の仕事ではなく、同じ論理を別の条件に置いただけだったのだと分かります。
アモーレパシフィック美術館

アモーレパシフィック美術館(APMA)は、化粧品グループ アモーレパシフィックの世界本社ビルの地下1階にあります。設計はデイヴィッド・チッパーフィールド。建物は2017年に竣工し、美術館は2018年2月に開館しました。
ただし館の歴史はもっと古く、母体は創業者・徐成煥(1924–2003)のコレクションです。1979年に「太平洋博物館」として開館し、2009年に現在の名称になりました。女性、化粧、緑茶にまつわる工芸と陶磁。化粧品会社の美術館として、筋の通った出発点だと思います。
コンセプチュアル・アートの紹介にも蓄積があります。2023年8月から2024年1月にかけて、この館はローレンス・ウィナー(1942–2021)の韓国初かつアジア初の個展を開きました。逝去後、最初の美術館個展でもあります。
ウィナーも言語を使う作家でした。ただし、ルウィットの文章は指示書で、誰かが壁に描いてはじめて作品になるものでしたが、ウィナーの文章はそれ自体が作品で、1968年の「意図の宣言」には「作品は制作されなくてもよい」とはっきり書かれています。実現するかどうかを決めるのは、受け取った側です。
言語を使いながら、一方は「必ず誰かの手を通れ」と言い、もう一方は「誰も手を触れなくていい」と言う。この二人を、同じ美術館が三年をおいて韓国初で紹介したことになります。
会期は2027年2月28日まで
会期は長く、2027年2月28日まで約半年あります。オンラインの事前予約制で、観覧料は大人18,000ウォン。地下鉄4号線の新龍山駅1番出口から地下通路で直結しているので、雨でも濡れずに着きます。
東京で6点のウォール・ドローイングを見た方にとっては、同じ指示書が別の壁で、別の手によって描き直されているのを確かめに行く展覧会になると思います。
ルウィットが残したのは作品そのものではなく、作品が生まれ続けるための規則でした。その規則は、ソウルの地下1階でいまも作動しています。